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パンドラの憂鬱



海外「当時によくこんな物を…」 葛飾北斎が残した絵描きの手引書が凄すぎると話題に

今回は、葛飾北斎の「略画早指南」(りゃくがはやおしえ)の話題から。

「略画早指南」は、絵を簡単に描くための手引き書で(大英博物館所蔵)、
前編が1812年に、後編が1814年に刊行されています。
前編では文字を、後編ではコンパスや定規を使ったお手本が掲載されており、
動物の描き方などを見ると、北斎の絵が幾何学で構成されていること、
そして北斎が和算に詳しかったであろうことが分かります。

この北斎の「略画早指南」が現在インターネット上で公開されており、
前編・後編に収められた様々な手引きを見ることができます。

200年前に書かれた世界的大画家の画期的かつユーモラスな指南書に、
外国人から感動の声が多数寄せられていましたので、一部をご紹介します。

海外「日本の芸術は過小評価されてる」 葛飾北斎の浮世絵集に外国人感激

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[ 2018/04/01 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(345)

海外「当時の日本人の偏見のなさに驚いた」 家康に仕えた白人の侍の存在に外国人が衝撃

今回は海外の人気歴史サイトが取り上げていた、
ウィリアム・アダムス(三浦按針)の話題からです。

ウィリアム・アダムスはイギリス南東部出身の航海士・貿易家で、
オランダ船リーフデ号に乗り、1600年に漂着する形で日本に来ました。
日本漂着から半月後、アダムスらの処遇を担当していた徳川家康と引見。
その後何度か引見を繰り返し、海賊でも布教目当てでもないことを悟った家康は、
アダムスとヤン・ヨーステンを江戸に招くことになります
(その間イエズス会は、アダムスらを海賊と讒言し処刑を日本側に進言している)。

江戸に来たアダムスは当初から米や俸給を与えられていましたが、
家康から指示された大型の船舶を伊東に設けたドックで完成させたことで、
250石取りの旗本に取り立てられた上で帯刀も許され、
相模国に采地と、また三浦按針という名乗りも与えられています。

その後は、主に外交顧問として家康から信頼されていたアダムスですが、
家康が1616年に死去して以降は、鎖国体制により不遇の立場に。
天文官として平戸に送られ、幕府に警戒されながら晩年を過ごしました。
日本漂着から20年後の1620年に平戸で死去。享年55。

欧州出身の侍がいたという事実に、海外から様々な反応が寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

海外「これが日本人なんだよ」 フィリピンで英雄となった日本兵の物語に感動の嵐

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[ 2018/03/28 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(402)

海外「当時のヨーロッパより豊かだ…」 大正時代の日本を映した高画質動画に感動の声

今回ご紹介する映像は、第一次世界大戦直前の1913年(大正2年)から、
大戦景気が始まる1915年(大正4年)の東京を映したもので、
撮影者などの詳細は一切記載されていなかったのですが、
当時の映像としてはかなり高画質の貴重映像になっています
(0:06〜1:35までが1913年、1:36〜4:06までが1915年)。

音は後から投稿者さんが(?)入れたものなのですが、
それでも当時の雰囲気が伝わる素晴らしい動画になっています。
寄せられたコメントをまとめましたので、ごらんください。

海外「何だこの画質は!」 1992年の東京を映した映像の画質が凄まじい

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[ 2018/03/22 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(356)

海外「米国は日本に謝罪するべきだ」 東京大空襲の真実に海外から怒りと悲しみの声

第二次世界大戦末期、東京は106回の空襲に見舞われましたが、
中でも1945年3月10日の下町空襲は、10万人以上の犠牲者と、
100万人以上の罹災者を出す大規模なものでした。

米軍は早くから江戸の大火や関東大震災の検証と詳細な分析を行っており、
その結果、焼夷弾による空襲が最も効果的だと結論づけ、
人口密度の高い地域が空襲対象地域に選定されていました。
なお3月10日は、風が強くなるとの予報があったため選ばれています。

米軍は、一般市民が多く暮らす市街地を空襲した理由について、
「点在する町工場が軍需産業の生産拠点となっているため」としていますが、
外国人からは、「戦争犯罪」との声が多く寄せられていました。

海外「なんて恐ろしい光景だ…」 日系人強制収容所の写真に米国人がショック

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[ 2018/03/14 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(995)

海外「日本が独自進化させたんだよ」日本のラーメンのルーツは中国という事実に外国人が衝撃

今回は、エコノミスト紙が複数回投稿している、
ラーメンのルーツに関するコラムからになります。

記事ではまず、ラーメンは日本のソウルフードであり、
日本人は、20世紀に日本が生み出した発明品の中で、
インスタントラーメンが最高の物だとさえ考えている点を紹介。
(恐らく2000年に富士総合研究所が行った調査が元)。

そして次に、ここが記事の本旨ですが、
日本におけるラーメンは、19世紀に中国から日本に来た移民の人々が、
横浜や長崎などの港町にチュウカソバを持ち込み、
地元の労働者たちに提供していたことが始まりであり、
ルーツは日本ではなく、中国にあると指摘しています。

エコノミスト紙が「ラーメン好きの人間はきっと驚くだろう」
と伝えるこの事実に、外国人から様々な反応が寄せられていました。

海外「漢字を独自進化させたのか!」ひらがなの成り立ちが面白すぎると大反響

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[ 2018/01/19 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(902)

海外「日本人は外国の神も信仰するのか」 日本に根付くヒンドゥー教の神々に驚きの声

今回ご紹介する映像は、近頃インドで度々アップされているもので、
ヒンドゥー教の神々をルーツに持つ弁財天、火天、大黒天、帝釈天、閻魔などが、
仏教の護法善神として、現在でも日本で祀られていることが紹介されています。

以下は動画内の榎泰邦・前在インド日本国大使のメッセージ。

「日本の(天部)神の実に8割がヒンドゥー教に起源を持ちます。
 その事を多くの日本人が知りません。
 例えば私は東京郊外の吉祥寺という街に住んでいるのですが、
 吉祥寺は、『吉祥天の寺』という意味なのです。
 吉祥天は、元はラクシュミーです。

 8世紀にはインドの仏僧、菩提僊那が日本に来ていました。
 東大寺大仏殿の開眼供養法会では、導師を務めています。

 日本の文化の根底にインド文化の痕跡がある事。
 そしてそれが日本流に発展していった事。
 この2点は、日本でもっと認知されるべきだと考えています」



一部形を変えながらもヒンドゥー教が日本の仏教に影響を与えていることは、
インドでは少なくとも広くは知られていなかったようで、
コメント欄には驚きと感銘の声が相次いでいました。

インド「神道は全てを受け入れる」 天皇陛下に贈られたヒンドゥーの聖典が論争に

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[ 2017/12/20 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(930)

海外「日本がキリスト教化しなくてよかった!」日本のキリスト教徒弾圧に理解を示す海外の人々

今回は歴史系のサイトが投稿した、日本のキリスト教徒弾圧の記事から。

キリスト教が日本に伝えられたのは、最も早くて5世紀とする説がありますが、
一般的には、歴史的に見て証拠が多く残されている、
イエズス会のフランシスコ・ザビエルによる布教による物だと考えられています。

織田信長がキリスト教を庇護したことで順調に信者が増えて行きましたが、
豊臣秀吉の時代には、キリスト教徒が神道や仏教を迫害する事例が増えた為、
1587年にバテレン追放令が発布され、宣教が禁止されることになります。
徳川の時代では一時的に布教が認められていましたが、
1612年にキリスト教禁止令が発布され、さらに鎖国政策が採られたことにより、
宣教師が日本国内で布教をすることは不可能となりました。

翻訳元では主に、サン=フェリペ号事件の顛末を中心に、
宣教師や隠れキリシタンが厳しく弾圧されていたことが伝えられています。

基本的には、その弾圧がいかにひどい物だったかという内容ではあるものの、
コメントの大多数は、「禁教にした日本は正しかった」とするものでした。

海外「日本には真の自由がある」 ブッダとイエスのギャグ作品に外国人が衝撃

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[ 2017/12/15 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(840)

海外「日本は島国だから特別なのか?」 和紙の作り方を映した映像への反響が凄い事に

今回は岐阜県で製造される、美濃和紙の作り方を収めた映像からです。

美濃和紙が作られ始めたのは奈良時代のことで、
702年の正倉院文書にも美濃の紙が記録されています。
平安時代には、宣命紙や公用紙を生産。
その後も美濃和紙は日本各地に伝播していき、
江戸時代には、「美濃」が障子の代名詞にまでなっています。

映像では、和紙の原料としてコウゾの靭皮繊維が、
「ねり」の原料にトロロアオイがそれぞれ用いられている点を紹介。
そして最後に(美濃)和紙が他の紙に比べて、
強く耐久性がある理由として、繊維が長い点が挙げられています。

基本的に日本の工芸品等を扱った投稿は海外ネットで非常に人気が高いのですが、
この映像も、半月足らずで430万回以上の再生数を獲得しています。

投稿には、和紙、ひいては日本の伝統に対する賞賛の声が多く寄せられています。
外国人の反応をまとめましたので、ご覧ください。

海外「日本人には敵わんな…」 1300年の歴史を持つ建築工法に外国人が驚嘆

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[ 2017/12/02 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(466)

海外「何で日本だけを責めるんだ…」 旧日本軍を非難する英紙に外国人から怒りの声

今回は、英デイリー・メール紙の日本軍の捕虜に対する扱いに関する記事から。

記事では、第二次世界大戦中、英米豪蘭などの連合国軍の兵士、
約14万人が日本軍の捕虜となり、強制労働による過労や暴行などにより、
数万人が命を落とした、という主張がなされています。

コメント欄では、多くの国を植民地にして来たイギリスのメディアが、
他国の軍隊を批判的に取り上げていることに、非難の声が集中。
イギリスを含めた欧米人の方々の多くは、
「過去のことはもういいだろ」という立場であるようでした。

「最も高潔な軍隊だった」 ドイツ人作 日本兵へ贈るトリビュートに様々な声

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[ 2017/11/27 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(822)

海外「涙が止まらない…」 外国人が語る日本人特有の美意識が世界を感動の渦に

今回は、「『金継ぎ』を知れば、日本文化の素晴らしさを理解できる……」
というサブタイトルがつけられた動画からで、
『金継ぎ』を通して、体や心の傷との向き合い方が語られています。

以下が要点です。

「日本には、割れてしまったお椀を元通りに直す文化があります。
 割れてしまった部分に(漆を塗って接着し)金をまぶすのです。
 そうすると、そこに美しい線が生まれます。
 一度壊れてしまった物の美しさを強調するためにそうするのです。
 
 日本人は傷を歴史の一部だと捉え、傷により一層美が増すと考えます。
 そして、それは人間にも言えることだと。
 どんな体験も、人を醜くすることはないと捉えているのです。

 抱えた傷を美しい物にするかどうかは、自分たち次第です。
 起きてしまったことから人は学ぶことが出来ます。
 そしてその経験から、人間的に成長することだって出来るのです。
 なぜならあなたが苦難を乗り越えようと努力した末に出来た傷であれば、
 あなたはその傷を誇りに思うことが出来るからです。
 『この傷が、今の自分を形作っているのだ』と。
 『今なら、どんなことだって乗り越えることが出来る』と。

 完璧な人生を歩んでいる、あるいはずっと歩める人間なんていません。
 誰もが抱える傷を、美しい物にするかどうかは自分次第なのです。
 
 自分に起きたことを受け入れることが大事です。
 その経験が自分には必要だったのだと考えるべきです。
 受け入れた瞬間、何かを乗り越える上で大事なことが分かるのです。

 傷つく前の自分に執着してはいけません。
 次のステップに進むためには、傷つくことだってあるのですから。
 
 この動画が、今困難に直面している人の助けになることを願っています」



以上になります。

動画の再生数は約2300万回、シェア数が約100万回と、
あまり見たことがない数字になっています。
コメントも5万件近く寄せられているのですが、
多くの方が、感動の涙を禁じ得なかったようでした。

海外「神道的な美なんだよ」 日本の陶器の『不完全さ』を巡り外国人が論争

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[ 2017/11/23 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(462)
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