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パンドラの憂鬱



海外「日本人とかいう万能集団よ…」 江戸時代に作られた万年時計に世界が衝撃

今回は、万年自鳴鐘(万年時計)に関する話題から。

万年自鳴鐘は、江戸時代の発明家であり東芝の創業者である田中久重が、
嘉永3年(1850年)から翌年にかけて制作した機械式の置時計です。
1000点を超える部品(殆どが田中の自作)から作られており、
一度巻けば一年動くという驚異的な持続時間を実現しています。

天象儀(プラネタリウム)、和時計、二十四節気の表示、
曜日と時刻の表示、十干十二支の表示、月齢の表示、
そして洋時計の7つの機能が六角柱様の本体の各面に配置されており、
それらが底部のぜんまい動力により連動して動作する構造になっています。

機構の精巧さもさることながら、外装も蒔絵や螺鈿など様々な技法が用いられ、
伝統工芸品としても高い精度を誇っており、2006年には国の重要文化財に。
現在の所有者は東芝で、国立科学博物館に寄託・展示されています。

150年以上前に作られたものとは思えないその精巧さに、
海外から驚きの声が殺到していましたので、その一部をご紹介します。

海外「日本人が怖い」 江戸時代に作られたカラクリ人形の性能に外国人が驚愕

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[ 2018/04/20 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(291)

海外「日本の統治は偉大だった」 日本統治下の満州の映像に海外から驚きと感動の声

1932年から1945年の間、現在の中国東北部に存在した満州国。
満洲国は建国の際、満洲人による民族自決の原則に基づく国民国家であるとし、
建国理念として満洲人・日本人・漢人・朝鮮人・蒙古人による、
五族協和と王道楽土を掲げていました。

満州国建国後、日本資本の導入による重工業化や、
日本からの近代的な経済システムを導入した事で急速な発展を遂げ、
人口も建国からわずか10年で約1500万人増加しています。

ご紹介する動画では、「日本統治下」の活気ある満州の様子が紹介されています。
外国人から様々な反応が寄せられていましたので、その一部をご紹介します。

海外「みんな幸せそうだ」 日本統治時代のソウルの様子を映した貴重映像

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[ 2018/04/16 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(580)

海外「こんな民族が他にいるか?」 金継ぎ職人が語る日本独特の哲学に海外が感動

陶磁器に出来たヒビや欠けなどの欠損部分を漆で接着し、
金属粉で装飾する修復技法である金継ぎ(金繕い)。
破損した部分を漆で修復した痕跡は縄文土器にも見られますが、
室町以降の茶道の普及により、芸術的な価値が見出されるようになります。

今回ご紹介する映像では、金継宗家宗匠の塚本将滋氏が、
金継ぎの背景にある侘び寂びの美意識や武士道の精神を説明されています。

海外、特に欧米では一般に、器に傷が出来ればそれを隠すように直しますが、
日本の金継ぎは、あえて傷を目立たせて、そこに美しさを見出します。
この独特の日本人の哲学が、外国人には大変感動的なものであったようでした。

海外「生まれる国を間違えた」 日本人の独特な美意識に外国人が感銘

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[ 2018/04/06 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(288)

海外「当時によくこんな物を…」 葛飾北斎が残した絵描きの手引書が凄すぎると話題に

今回は、葛飾北斎の「略画早指南」(りゃくがはやおしえ)の話題から。

「略画早指南」は、絵を簡単に描くための手引き書で(大英博物館所蔵)、
前編が1812年に、後編が1814年に刊行されています。
前編では文字を、後編ではコンパスや定規を使ったお手本が掲載されており、
動物の描き方などを見ると、北斎の絵が幾何学で構成されていること、
そして北斎が和算に詳しかったであろうことが分かります。

この北斎の「略画早指南」が現在インターネット上で公開されており、
前編・後編に収められた様々な手引きを見ることができます。

200年前に書かれた世界的大画家の画期的かつユーモラスな指南書に、
外国人から感動の声が多数寄せられていましたので、一部をご紹介します。

海外「日本の芸術は過小評価されてる」 葛飾北斎の浮世絵集に外国人感激

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[ 2018/04/01 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(346)

海外「当時の日本人の偏見のなさに驚いた」 家康に仕えた白人の侍の存在に外国人が衝撃

今回は海外の人気歴史サイトが取り上げていた、
ウィリアム・アダムス(三浦按針)の話題からです。

ウィリアム・アダムスはイギリス南東部出身の航海士・貿易家で、
オランダ船リーフデ号に乗り、1600年に漂着する形で日本に来ました。
日本漂着から半月後、アダムスらの処遇を担当していた徳川家康と引見。
その後何度か引見を繰り返し、海賊でも布教目当てでもないことを悟った家康は、
アダムスとヤン・ヨーステンを江戸に招くことになります
(その間イエズス会は、アダムスらを海賊と讒言し処刑を日本側に進言している)。

江戸に来たアダムスは当初から米や俸給を与えられていましたが、
家康から指示された大型の船舶を伊東に設けたドックで完成させたことで、
250石取りの旗本に取り立てられた上で帯刀も許され、
相模国に采地と、また三浦按針という名乗りも与えられています。

その後は、主に外交顧問として家康から信頼されていたアダムスですが、
家康が1616年に死去して以降は、鎖国体制により不遇の立場に。
天文官として平戸に送られ、幕府に警戒されながら晩年を過ごしました。
日本漂着から20年後の1620年に平戸で死去。享年55。

欧州出身の侍がいたという事実に、海外から様々な反応が寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

海外「これが日本人なんだよ」 フィリピンで英雄となった日本兵の物語に感動の嵐

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[ 2018/03/28 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(400)

海外「当時のヨーロッパより豊かだ…」 大正時代の日本を映した高画質動画に感動の声

今回ご紹介する映像は、第一次世界大戦直前の1913年(大正2年)から、
大戦景気が始まる1915年(大正4年)の東京を映したもので、
撮影者などの詳細は一切記載されていなかったのですが、
当時の映像としてはかなり高画質の貴重映像になっています
(0:06〜1:35までが1913年、1:36〜4:06までが1915年)。

音は後から投稿者さんが(?)入れたものなのですが、
それでも当時の雰囲気が伝わる素晴らしい動画になっています。
寄せられたコメントをまとめましたので、ごらんください。

海外「何だこの画質は!」 1992年の東京を映した映像の画質が凄まじい

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[ 2018/03/22 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(357)

海外「米国は日本に謝罪するべきだ」 東京大空襲の真実に海外から怒りと悲しみの声

第二次世界大戦末期、東京は106回の空襲に見舞われましたが、
中でも1945年3月10日の下町空襲は、10万人以上の犠牲者と、
100万人以上の罹災者を出す大規模なものでした。

米軍は早くから江戸の大火や関東大震災の検証と詳細な分析を行っており、
その結果、焼夷弾による空襲が最も効果的だと結論づけ、
人口密度の高い地域が空襲対象地域に選定されていました。
なお3月10日は、風が強くなるとの予報があったため選ばれています。

米軍は、一般市民が多く暮らす市街地を空襲した理由について、
「点在する町工場が軍需産業の生産拠点となっているため」としていますが、
外国人からは、「戦争犯罪」との声が多く寄せられていました。

海外「なんて恐ろしい光景だ…」 日系人強制収容所の写真に米国人がショック

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[ 2018/03/14 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(996)

海外「日本が独自進化させたんだよ」日本のラーメンのルーツは中国という事実に外国人が衝撃

今回は、エコノミスト紙が複数回投稿している、
ラーメンのルーツに関するコラムからになります。

記事ではまず、ラーメンは日本のソウルフードであり、
日本人は、20世紀に日本が生み出した発明品の中で、
インスタントラーメンが最高の物だとさえ考えている点を紹介。
(恐らく2000年に富士総合研究所が行った調査が元)。

そして次に、ここが記事の本旨ですが、
日本におけるラーメンは、19世紀に中国から日本に来た移民の人々が、
横浜や長崎などの港町にチュウカソバを持ち込み、
地元の労働者たちに提供していたことが始まりであり、
ルーツは日本ではなく、中国にあると指摘しています。

エコノミスト紙が「ラーメン好きの人間はきっと驚くだろう」
と伝えるこの事実に、外国人から様々な反応が寄せられていました。

海外「漢字を独自進化させたのか!」ひらがなの成り立ちが面白すぎると大反響

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[ 2018/01/19 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(902)

海外「日本人は外国の神も信仰するのか」 日本に根付くヒンドゥー教の神々に驚きの声

今回ご紹介する映像は、近頃インドで度々アップされているもので、
ヒンドゥー教の神々をルーツに持つ弁財天、火天、大黒天、帝釈天、閻魔などが、
仏教の護法善神として、現在でも日本で祀られていることが紹介されています。

以下は動画内の榎泰邦・前在インド日本国大使のメッセージ。

「日本の(天部)神の実に8割がヒンドゥー教に起源を持ちます。
 その事を多くの日本人が知りません。
 例えば私は東京郊外の吉祥寺という街に住んでいるのですが、
 吉祥寺は、『吉祥天の寺』という意味なのです。
 吉祥天は、元はラクシュミーです。

 8世紀にはインドの仏僧、菩提僊那が日本に来ていました。
 東大寺大仏殿の開眼供養法会では、導師を務めています。

 日本の文化の根底にインド文化の痕跡がある事。
 そしてそれが日本流に発展していった事。
 この2点は、日本でもっと認知されるべきだと考えています」



一部形を変えながらもヒンドゥー教が日本の仏教に影響を与えていることは、
インドでは少なくとも広くは知られていなかったようで、
コメント欄には驚きと感銘の声が相次いでいました。

インド「神道は全てを受け入れる」 天皇陛下に贈られたヒンドゥーの聖典が論争に

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[ 2017/12/20 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(932)

海外「日本がキリスト教化しなくてよかった!」日本のキリスト教徒弾圧に理解を示す海外の人々

今回は歴史系のサイトが投稿した、日本のキリスト教徒弾圧の記事から。

キリスト教が日本に伝えられたのは、最も早くて5世紀とする説がありますが、
一般的には、歴史的に見て証拠が多く残されている、
イエズス会のフランシスコ・ザビエルによる布教による物だと考えられています。

織田信長がキリスト教を庇護したことで順調に信者が増えて行きましたが、
豊臣秀吉の時代には、キリスト教徒が神道や仏教を迫害する事例が増えた為、
1587年にバテレン追放令が発布され、宣教が禁止されることになります。
徳川の時代では一時的に布教が認められていましたが、
1612年にキリスト教禁止令が発布され、さらに鎖国政策が採られたことにより、
宣教師が日本国内で布教をすることは不可能となりました。

翻訳元では主に、サン=フェリペ号事件の顛末を中心に、
宣教師や隠れキリシタンが厳しく弾圧されていたことが伝えられています。

基本的には、その弾圧がいかにひどい物だったかという内容ではあるものの、
コメントの大多数は、「禁教にした日本は正しかった」とするものでした。

海外「日本には真の自由がある」 ブッダとイエスのギャグ作品に外国人が衝撃

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[ 2017/12/15 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(840)
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