パンドラの憂鬱

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海外「日本は戦時中ですら…」 戦時中の着物の高いデザイン性に外国人が衝撃

今回は、戦争柄の着物を見た外国人の反応です。

戦争柄とは、文字どおり戦争の情景等を図案化した着物の柄のことで、
日清戦争期の1894年から、第二次世界大戦期の1942年ごろまで、
約50年間にわたって作られていました。

海外サイトでは「プロパガンダ着物」として紹介されているのですが、
実際は政府や軍部が戦争柄の着物を着るように国民に指導した事はなく、
国民が自発的に取り入れた、数ある流行のうちの1つだったようです。
ですので、街中で戦争柄の着物を着用していた人はごくごく一部で、
実際に着ていたのはほとんどが子供だったそうです。

いずれにしても、「プロパガンダ」と表現する海外サイトも、
「美しく、魅力的な」との形容詞も添えており、
1つの芸術作品として捉え、紹介しています。

写真を見た外国人からも、デザインを賞賛する声が多く寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

海外「時代を超越してる!」 戦前の日本人女性のファッションに外国人が衝撃

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[ 2016/12/26 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(304)

海外「カッコ良すぎる!」 和弓を射る幕末の男たちに惚れる外国人が続出

下の写真は、今から150年以上前の1860年ごろ(万延元年)、
つまり幕末の時期に撮影されたとされる1枚で、
3人の射手の方々が弓を引く様子が写されています。

撮影者や撮影場所に関する詳細は不明だったのですが、
外国人の「侍」に対する憧れや畏敬の念はかなり大きいようで、
男性を中心に、その力強さに魅了されてしまう方が続出していました。

海外「日本クール過ぎだろ」 高校の弓道部の施設に外国人衝撃

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[ 2016/11/27 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(367)

海外「日本はずっと豊かな国だったのか」 戦前の日本を映した映像に外国人が感動

今回は、戦前の日本の映像を観た外国人の反応です。

映像の撮影者などの詳細は記載されていなかったのですが、
それぞれのシーンは1916年(大正5年)、1932年(昭和7年)、
1940年(昭和15年)に撮影されたものと紹介されており、
雪が積もる通りを歩く人々、雪合戦をする子供たち、
着物姿で日本庭園を散策する女性たち、
現代にも見られそうな制服姿で歩く女子生徒たち、
大通りを走る自動車の様子など、様々な光景が映されています。

当時の日本の美しさに感嘆する声、現代との共通性を指摘する声、
美しい光景を破壊した米国への非難の声など、
様々な反応が寄せられていましたので、その一部をご紹介します。

【海外の反応】 明治時代の日本の写真 3Dバージョン

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[ 2016/11/23 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(446)

海外「日本人街を復活させよう!」 カナダの日本人街の現状に悲痛の声が殺到

今回は、今はなきカナダの日本人街に関する記事からです。

かつて、カナダ・バンクーバーのパウエル街には、
最盛期で8000人以上の日系人が暮らしており、
リトル東京、あるいはリトル横浜と呼ばれていました。

日本人のカナダへの移民が本格化したのは1880年代のことで、
多くの方は安い労働力として、危険な肉体労働に従事していました。
それでも日本人の勤勉さは重宝され、仕事が多く舞い込むようになった結果、
人が集まるようになり、コミュニティーは拡大していきます。

しかし、第二次世界大戦が始まると日系人は財産を没収され、
荒れ果てた土地に追放されることになり、日本人街は衰退。
戦後になって街に戻る日系人の方もいましたが、
一度衰えたコミュニティーは復活することなく、
現在ではその名残がわずかにうかがえるだけになっています。

翻訳元の1つであるバンクーバーの地元紙が投稿した記事では、
1890年から1942年までに撮影された日本人街と、
最近になって撮影された街の比較写真が紹介されています。

かつては多くの日系人が暮らした日本人街がなくなってしまった事に、
カナダの方々から悲痛の声が寄せられていました。

「日本に行けないならせめて…」 ロスのリトルトーキョーに外国人ワクワク

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[ 2016/11/05 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(680)

海外「日本人が羨ましい!」 伝統的な和傘があまりにも美しいと外国人に大人気

今回はアート系のサイトによる和傘にスポットを当てた投稿から。

傘が中国大陸から日本に伝えられたのは、欽明天皇の時代の552年のこと。
元は日傘として用いられていましたが、日本独自の進化を遂げ、
室町時代に和紙に油を塗布し防水性を持たせることで雨傘となり、
更にろくろ(傘骨をつなぐ大本)を使って開閉させる事を可能にしました。

さて、翻訳元では、雪降る神社の中和傘を差して歩く神職の方や、
和傘を差す着物姿の女性の姿などの写真が紹介されています。
外国人の目には、日用品を超えて、芸術の一種に映るようで、
主に西欧の方々から驚くくらい絶賛されていました。

海外「こんな綺麗な街他にない」 京都 雨の花街の美しさに外国人が感嘆

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[ 2016/10/26 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(305)

海外「この恩は絶対に忘れない」 杉原千畝の功績が今も海外で大きな話題に

今回は、歴史関連の海外サイトが投稿した、杉原千畝氏に関する投稿から。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れてきたユダヤ人に対し、
大量のビザを発行して、6000人のユダヤ人を救った杉原千畝氏。
投稿元の見出しでは、「氏にはそれだけの功績がありながらも、
世間一般的には知られていない」と紹介されています。
「だからこそ彼の功績を知り、シェアして欲しい」と続き、
杉原氏が緊迫した状況で何を行ったのかが簡潔に紹介されています。

「1940年、ナチス・ドイツがフランスを占領した。
 同時期に、ドイツは強制収容施設群を建設。
 ヨーロッパにいるユダヤ人に対し、世界は扉を閉ざした。
 そして、数百万人のユダヤ人が捕えられる事となった。

 ある夜、数千人のユダヤ人が(カウナスの)日本領事館へと押しかけた。
 彼らにとって、生き延びる為の唯一の希望は、日本へのビザだったのだ。
 チウネ・スギハラはペンを手に取り、手が痙攣するまでビザを書き続けた。
 チウネの妻も、命の危険があることを知りながらも彼をサポートした。

 後年チウネ・スギハラは、『日本のシンドラー』として知られる事となる。
 1984年、イスラエルは彼の恩情と勇気に対して名誉を与えた。
 チウネの行動により、6000人のユダヤ人が命を救われ、
 結果8万人に及ぶ彼らの子孫もまた、命を救われる事となった」



この投稿は、3万4000回以上シェアされるなど反響を呼び、
実際に杉原氏に命を救われた方のご子孫からのコメントを含め、
多くの反応が寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

海外「日本ほど特別な友人はいない」 日本との絆を描いた映画にトルコ人が涙

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[ 2016/10/05 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(417)

海外「何て豊かな国なんだ!」 江戸時代の行商が用いた見本帳が外国人を虜に

今回ご紹介する写真はイギリス人の写真家の方が投稿されたもので、
イギリスのオックスフォードにある世界最古の大学博物館、
アシュモレアン博物館にて展示されているという、
19世紀に作られた伊勢型紙の見本帳(サンプルブック)が紹介されています。

伊勢型紙は着物などの生地を一定の柄や紋様に染色する為に使われる型紙で、
1955年には国の重要無形文化財にも登録されています。
見本帳は、江戸時代に全国を歩き回っていた行商や型紙職人が、
顧客などから新たに注文を取るために携帯していた物で、
毎年のように新しい見本帳が作られていたようです。

この一枚の写真には、外国人から多くの反響が寄せられており、
コメントの多くは、デザイナーやアーティストの方々からのもの。
彼らにとってはかなり衝撃的なデザインの美しさやアイデアだったようで、
ハイテンションなコメントが非常に目立ちました。

海外「日本人が怖い」 江戸時代に作られたカラクリ人形の性能に外国人が驚愕

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[ 2016/10/03 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(381)

海外「日本だけ別格じゃん」 日本の大工たちの圧倒的な技術力に外国人が衝撃

今回は、日本の木組みの技術を収めた映像から。

材木に切り込みを入れて組み合わせる木組みは日本だけの技術ではなく、
ドイツやフランスなどには数百年前に作られた木組みの家が今も多数現存し、
中には世界遺産に登録されている木組みの街もいくつかあります。

日本では東大寺や法隆寺に木組みの技術が用いられていますが、
巨大地震にも耐えられるように設計されている日本の木組みは複雑で、
それだけに高度な技術を要することから海外サイトで度々取り上げられ、
その度に大きな驚きを外国人に与えています。

今回の記事の翻訳元でも、日本の職人さんたちの正確無比な仕事に、
衝撃を受ける外国人が続出していました。
寄せられたコメントをまとめてみましたのでごらんください。

海外「日本の職人技に惚れた」 宮大工の鉋がけの技術が外国人を魅了

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[ 2016/09/26 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(277)

海外「日本人はユダヤ人だったのか」 日本語とヘブライ文字の類似性に驚きの声

下の画像は日本語と(古)ヘブライ文字の類似性を示したもので、
特にカタカナとヘブライ文字の比較が多くなされています。

ご存知のように、ひらがなは漢字の字体を簡略化したもの、
カタカナは漢字の字体の一部を取って作られたものとされていますが、
そういった知識がない多くの外国人からするとただの偶然とは思えないようで、
古代イスラエルと古代日本の繋がりを指摘する声が相次いでいました。

海外「日本人とユダヤ人は似てる」 『日ユ同祖論』に外国人興味津々 

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[ 2016/09/18 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(997)

海外「神道は最も平和的な宗教」 神道とは何かを解説した動画が外国人に大好評

今回は、神道がどのような宗教なのかを2分で解説している動画から。

・神道は人生を肯定する日本土着のアニミズムで、
 自然に存在する神秘的な力や、特定の精霊による恵みを求める。
 「自然」の宗教である為、神道は「繁栄」と関連付けられ、
 人々が誠実で、前向きで、清純でいられることを、
 そして「Kami」と繋がりを持つことを後押ししてくれる。


・「Kami」は霊的・超自然的な力を包括した言葉で、
  滝、美しい樹木、謎めいた形の岩のような名もなき存在など、
  「Kami」となる対象は幅広い。


・一般的に神道における信仰の場所は、鳥居が近くにある神社や、
 日本のありのままの自然風景である。
 参拝者は手を叩き、鈴を鳴らすことで自分の存在を「kami」に伝え、
 敬意を表現するために祈りを捧げる。
 家やオフィスに、小さな社(神棚)を設えるのも一般的である。


・神道の信徒たちは、日本に伝わる神話的な歴史や、
 日本人と日本という国土との特別な繋がりを大事にしている。 
 19世紀に軍事色の強いナショナリズムを肯定する為に神道が利用されたが、
 1946年に天皇が「人間宣言」を行った時にそれは改められた。


・神道は、日本で最も、それも圧倒的に多くの人々から信仰されている宗教で、
 実に人口の8割の人たちが、神道を信仰している。
 しかし統計によると、自らを神道の信徒と自覚している日本人は僅かである。
 これは、神道の捉え方は人によって異なるためである。
 それでも、殆どの日本人が神社に足を運び「kami」に祈りを捧げており、
 その為積極的な信徒ではなくとも、「信徒」として数えられている。


・現在日本には、8万1000の神社と、8万5000人の神職が存在している
 (※神社本庁だけの神職数は2万1500人ほど)。

 

以上になります。
どの宗教であれ2分で説明 or 理解をするのはほぼ不可能かとは思いますが、
外国人にとっては、大変興味深く、参考になる内容だったようでした。

外国人「日本人の宗教観は理想的」 日本人の宗教観に海外から様々な声

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[ 2016/09/09 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(1000)
ごあいさつ


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