パンドラの憂鬱

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海外「日本史上最も偉大な天皇だった」昭和天皇を特集した米メディアの映像が大反響

今回は、ヒストリーチャンネル・アジア版が投稿した、
昭和天皇の生涯にスポットを当てた投稿からです。

早速ですが、以下が要点になります
(青字部分だけでも十分かと思います)。

2発の原爆投下で日本は破壊されたが、なおも米国との戦争は続いていた。
 誰かがこの戦争を終わらせる必要があったが、
 日本国民に対して敗戦を告げることが出来たのは、
 道徳的権限を持つ昭和天皇ただ一人だった。



昭和天皇は、1926年に大正天皇が崩御された後に皇位を継いだ。
 1940年に日本は日独伊三国同盟を結び、
 壊滅的な4年間が過ぎた後、広島と長崎に原爆が投下された。
 こうして、昭和天皇のリーダーシップが問われる事となった。


戦後日本には国民に何かを伝えるリーダーが、つまり天皇が必要だった。
 それまで天皇は公共に向けては沈黙を保っていたが、
 「玉音放送」で、天皇として初めて国民に言葉を発した。



東条英機首相をはじめとする多くの軍部首脳が、
 戦後裁判にかけられ、戦犯として処刑されたが、
 様々な戦争行為に加担した組織のトップだった、
 昭和天皇は裁判にかけられることはなかった。
 権力のない象徴になってもらうことを、マッカーサーが決めたのだ。
 民主的な同盟国として日本を再建するという米国の目的において、
 昭和天皇の存在は重要だと気がついたためだ。



昭和天皇の時代は、戦後40年以上続いた。
 その間、昭和天皇は多くの出来事を目撃した。
 日本の自動車産業や家電産業の台頭、ゴジラ映画、
 日本の野球リーグの登場などである。


昭和天皇が崩御された1989年、日本は世界第2位の経済大国になっており、
 日米は敵同士ではなく、近しい友人であり、貿易パートナーになっていた。


日本が一躍世界の表舞台に躍り出て、一度は傷つき倒れ、
 再び大国として戻ってきた時代に在位していた昭和天皇は、
 天皇の歴史上、最も在位期間が長かった。
 20世紀の、激動の時代に生を受けた人だったのだ



以上になります。
昭和天皇の戦争責任について言及する声もいくつかありましたが、
ほとんどの方は戦時中の事よりもその後の復興に着目しており、
激動の時代を支えられた昭和天皇への敬意が感じられる意見も目立ちました。

海外「日本人は幸せだね!」 両陛下を写した1枚のお写真に外国人が感動

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[ 2017/11/18 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(286)

海外「こんな国にどう勝てと…」焼け野原から復興を遂げた東京の姿に外国人が衝撃

第二次世界大戦末期、焼夷弾を用いた東京に対する大規模な爆撃が、
アメリカ軍により100回以上行われており、
中でも1945年3月10日の空襲では犠牲者の数が10万人を超え、
東京の全建物の4分の1が破壊され、100万人の方が家を失いました。

今回ご紹介する写真は、空襲後焼け野原となった1945年当時の東京と、
復興と発展を遂げ、世界有数の大都市になった現在の東京を比較したものです。

文字通り灰燼に帰してしまった東京が奇跡的な復興を果たしたことに、
海外から驚きの声が相次いでいましたので、その一部をご紹介します。

海外「日本が復活出来たわけだ」 広島市民の気高い精神性に海外から称賛の声

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[ 2017/11/12 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(656)

海外「日本では反逆者でも英雄なのか」 米メディアが西郷隆盛の生涯を特集し話題に

倒幕と維新に尽力した、維新の三傑の一人、西郷隆盛。
薩摩藩の下級武士でしたが、何度も建白書を書き藩庁に提出していた事もあり、
いつしか藩主の島津斉彬の目にとまり、登用されることになります。

斉彬の死後、流罪を2度経験するも、大久保利通などの働きかけで復帰し、
蛤御門の変以降に活躍を見せ、薩長同盟の成立や王政復古に成功。
その後も戊辰戦争を主導し、江戸無血開城を成功に導くなどし、
明治4年に参議、その2年後には陸軍大将となります。

しかし明治6年、朝鮮への全権大使派遣案を潰された西郷は、
政府に辞表を提出し、故郷である鹿児島へ戻ります。
旧鹿児島城内に私学校を設立して教育に専念していましたが、
九州地方を中心に各地で士族による反乱が相次ぐ中、
西郷も明治10年の西南戦争で指導者として担がれることとなり、
戦争に敗れ、城山で自刃しました。享年51(満49才)。

翻訳元のナショナルジオグラフィックの記事では、
そのような西郷隆盛の生涯が紹介されており、
最後に、「義理と人情との間で揺れる日本の古典的な葛藤に直面する中、
西郷が見せた威厳と勇気が、彼を国民的英雄へと押し上げた」と締めています。

投稿の見出しでは、上野公園内の西郷隆盛の銅像の写真が紹介されており、
「反逆者」の像が存在する点も、特にアメリカ人から注目されていました。

海外「映画より面白い」 ラストサムライの史実に外国人興味津々

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[ 2017/11/01 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(784)

海外「日本と戦うなんて勇敢だな」日本とモンテネグロが最近まで戦争を続けていた事実が話題に

1904年2月、日本とロシアとの間で勃発した日露戦争。
日本海海戦でバルチック艦隊を破るなどし、日本がロシアを追い詰め、
1905年9月に締結されたポーツマス条約により講和しました。

実は日露戦争時点で、モンテネグロはロシアの管轄統治下にあったため、
1905年にモンテネグロも日本に宣戦布告をしており、
義勇兵を主戦場の1つであった満州に派遣していました。
しかし、実際には日本との間で戦闘は行われなかったために、
その宣戦布告は無視され、講和会議にも招かれておりません。
そのため国際法上、日本とモンテネグロは交戦状態が続いていました。

しかし、日露戦争勃発から100年以上が経った2006年6月、
モンテネグロが独立宣言をした際に、日本政府は独立を承認し、
総理大臣と外務大臣の特使をモンテネグロに派遣。
実際には休戦や講和に関するやり取りは行われていないのですが、
この「国交回復」を、事実上の講和とみなす声もあるようです。

この歴史秘話が、海外サイトで取り上げられ話題になっていました。
寄せられたコメントをまとめましたので、ご覧ください。

海外「アジアにとって重要な一戦」 日露戦争の顛末に外国人興味津々

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[ 2017/10/24 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(455)

海外「日本はアジアの救世主だった」 日本軍を歓迎するマニラ市民の姿に様々な声

1946年に独立するまで、4世紀近く植民地支配を経験したフィリピン。
1521年にマゼラン率いる艦隊が上陸して以来スペインの植民地となり、
1898年に起こった米西戦争の際に一度は独立を宣言したものの、
独立に全面協力することを約束していたアメリカによりその約束を反故にされ、
米比戦争の結果、今度はアメリカの植民地となりました。

ご紹介する写真は、1941年から1942年の「フィリピンの戦い」において、
マニラを陥落させた日本軍が、無血入城する際の様子を写したもので、
現地の人々が、日の丸を手に銀輪部隊を迎えています。

この歴史の一幕に、フィリピンから様々な反応が寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

「これが日本人なんだよ」 フィリピンで英雄となった日本兵の物語に感動の嵐

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[ 2017/10/09 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(660)

海外「日本語は難しすぎるw」 日本語がいかに複雑かを伝える映像が大反響

今回ご紹介する映像では、カナダ・トロント出身の落語家、
桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんが、英語と比較する形で、
日本語の敬語の複雑さを面白おかしく紹介されています。

三輝さんは「ありがとう」を基準に、日本語の感謝の言葉を、
最上級から最下級まで紹介し、それぞれ英訳を行なっているのですが、
それが難しく、どうしても長々しくなってしまい、大苦戦されています。

落語ですので、当然最後にはオチも。
全体を通して、外国人にとっても非常に笑える内容だったようでした。

海外「日本人は強い!!」 被災地からの『ありがとう』に外国人が感動の涙

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[ 2017/09/18 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(499)

海外「日本は本当に特殊だね…」 日本人の特別な国民性に迫った映像に外国人が感銘

今回は、「日本:感謝の王国」と題された動画からです。

動画の説明文には、「日本は礼儀の国としてよく知られているが、
日本人の感謝の心は何に根ざすものなのだろうか?」とあり、
本編では、剣道場の少女と女性、そしてお寺のお坊さんによって、
その答えの1つがそれぞれ説明されています。

他にも神社、街角、野球のグラウンド、旅館、デパートなど、
様々な場面で日本の人々がお辞儀をする様子が紹介されており、
礼儀として、文化として、道徳して、マナーとして日本人に備わっている、
「感謝の心」がどういうものであるのかを伝える内容になっています。

言うまでもなく、「感謝の心」は日本人特有のものではありません。
しかし多くの外国人は、少なくとも日本人の特色と言えるくらい、
日本の文化や日本人に根付いているものだと考えているようでした。

海外「他の国も見習おう」 試合後 観客にお辞儀をするなでしこ達に賞賛の声

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[ 2017/09/08 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(362)

中国「日本の背中はまだ遠い」 中国の発展は明治維新の奇跡を超えたのだろうか?

ノーベル物理学賞受賞者の楊振寧氏(受賞当時は中華民国籍)は先日、
天津にある南開大学で行われた他の学者などとの座談会にて、
中国の奇跡的な発展は、明治維新を超えたと述べました。

楊氏は、近年の中国の成長を人類の発展の歴史における大きな奇跡とした上で、
「日本の明治維新後の発展も奇跡的な成長と言えるものだが、
 難易度、人口規模、経済規模、当時の世界情勢を考慮し、
 中国が起こした奇跡と比べると、非常に小さなものである」と語っています。

楊氏のこの意見に、中国の方々からは反対意見が続出。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

中国「日本人って凄いわ」 明治維新のドキュメンタリーに中国人感銘

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[ 2017/08/29 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(392)

海外「漢字を独自進化させたのか!」ひらがなの成り立ちが面白すぎると大反響

日本独自の音節文字であるひらがな。
いつ完成したのか、その正確な年代は分かっていませんが、
京都の藤原良相邸遺跡から見つかった土器群に、
867年ごろに書かれたとされるひらがなが確認でき、
それがこれまでに見つかったひらがなでは最も古いとされています。

ひらがなは漢字、あるいは万葉仮名を大きく草体化したものですが、
映像ではその成り立ちが、鈴木曉昇さんの書によって表現されています
(ここではか〜な行のひらがなが紹介されています)。

漢字圏の方々や日本語を学習している外国人にとって(日本人にとっても)、
大変興味深い知識だったようで、動画は大きな反響を呼んでいます。
寄せられたコメントの一部をご紹介しますので、ごらんください。

「全文ひらがなは悪夢」 日本は漢字を廃止にするべきかどうかで外国人激論

 2017-08-21
[ 2017/08/27 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(368)

海外「その頃俺の国なんて…」 600年前から今も続く日本の気象データに驚きの声

長野県の諏訪湖は、毎年冬に全面凍結し(最近では頻度が減少している)、
年によっては氷の厚さが10センチを超えることもあるのですが、
マイナス10度の冷え込みが数日続くと、湖面の氷が大音響と共に盛り上がる、
「御神渡り(おみわたり)」と呼ばれる自然現象が起きます。

この現象は、諏訪大社上社の男神が湖を渡った跡、という言い伝えがあり、
現在でも、「御神渡り」かどうかを認定する拝観式が行われています。

この「御神渡り」に関する記録は、少なくとも1443年から続いており、
数百年に及ぶ気候の変化が分かる記録として、海外の研究者たちも注目。
実はフィンランドでも1693年以降(1715年〜1721年の間は途切れる)、
スウェーデンとの国境を流れるトルネ川の氷が解けた日時が記録されており、
この日本とフィンランドで記録された膨大な気候データによって、
地球温暖化と産業革命に大きな関連性があることが明らかになっています。

「御神渡り」に関連する投稿には様々な反応が寄せられていました。
その一部をご紹介しますので、ごらんください。

海外「なぜ日本にばかり…」 日本の老舗企業の圧倒的な歴史に外国人が衝撃

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[ 2017/08/15 23:00 ] 文化・歴史 | TB(0) | CM(367)
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